スネーク・ダンス
Snake Dance
マヌ・リッシュ、パトリック・マーンハム
ベルギー、アイルランド、オランダ/77分/2012年
映像作家のマヌ・リッシュと作家のパトリック・マーンハム、経験豊かな二人の語り手が、原子爆弾の発明と今日の世界におけるその予期せぬ影響について語るために力を合わせる。
彼らは資料映像を使うことなく、この物語にそれぞれの方法で貢献する二人の歴史的人物の軌跡を追う。その二人とは、人類学者となってロスアラモスのプエブロ・インディアンを研究した、ドイツ出身の金融王一族の跡継ぎと、最終大量破壊兵器の発明家としてその名が知られる、有能で理想主義者のロバート・オッペンハイマーである。
好景気のニューメキシコから、戦争で疲弊したコンゴ、そして地震で壊滅的被害を受けた日本までを視野に入れる本作は、原子力のプロメテウス的次元に関する説得力のある考察を提供する。
彼らは資料映像を使うことなく、この物語にそれぞれの方法で貢献する二人の歴史的人物の軌跡を追う。その二人とは、人類学者となってロスアラモスのプエブロ・インディアンを研究した、ドイツ出身の金融王一族の跡継ぎと、最終大量破壊兵器の発明家としてその名が知られる、有能で理想主義者のロバート・オッペンハイマーである。
好景気のニューメキシコから、戦争で疲弊したコンゴ、そして地震で壊滅的被害を受けた日本までを視野に入れる本作は、原子力のプロメテウス的次元に関する説得力のある考察を提供する。
作品名(日本語) | スネーク・ダンス |
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作品名(英語) | Snake Dance |
作品名(オリジナル言語) | Snake Dance |
監督名・製作代表者名(日本語) | マヌ・リッシュ、パトリック・マーンハム |
監督・製作代表者名(オリジナル言語) | Manu Riche, Patrick Marnham |
監督・略歴 | マヌ・リッシュ (1964-) ベルギーのドキュメンタリー映画作家。彼はベルギーのTVチャンネルRTBFが制作した伝説的ドキュメンタリー番組「Strip-Tease」の草創期の貢献者だった。90年代、ヨーロッパの公共放送局と共にいくつかのインディペンデント映画を手がけた。2002年から2003年にかけては、ベルギー人であるボードゥアン1世とジョルジュ・シムノン(パトリック・マーンハムとの共同脚本)にまつわる2つの大きな映画で、フィクションとドキュメンタリーの関係性を調査した。 彼は首唱者、プロデューサーであり、21世紀初頭のベルギーにおける公式・非公式権力のポートレートを描いたシリーズ「Hoge Bomen」の監督である。 パトリック・マーンハム(1943-) イギリスのジャーナリスト。伝記や旅行本の作家でもある。ディエゴ・リベラ、ジョルジュ・シムノン、ジャン・ムーランやメアリー・ウェズリーといった多様なテーマを扱った伝記でもともとよく知られる。ジャーナリストとしては、とりわけ「タイム」「デイリー・テレグラフ」「ガーディアン」「オブザーバー」に寄稿。1968年から1971年までBBCテレビの脚本家として活躍した。彼の映画作品は、マヌ・リッシュとの共作「L’Homme qui n’était pas Maigret」がある。彼の著書は、トーマス・クック・トラベルブックアワードとマーシュ・バイオグラフィーアワードを受賞している。 |
製作年(作品完成年:西暦) | 2012 |
製作国 | ベルギー、アイルランド、オランダ |
上映時間(分) | 77分 |
画角(フレームサイズ) | (ビデオ)16:9 |
色 | カラー |
上映可能フォーマット | |
主な撮影地 | 日本、ニューメキシコ、コンゴ民主共和国、スイス |
主な撮影時期 | 2010 - 2011年。日本では2011年6月 |
主な被写体人物名(登場人物) | |
使用言語 | 英語、 |
字幕の言語 | 英語、 |
初公開年月日(西暦) | 2012年4月16日 |
初公開国 | ブリュッセル(ベルギー) |
日本での初公開年月日(西暦) | |
上映実績(映画祭、商業上映など) | |
製作スタッフクレジット |
脚本:パトリック・マーンハム、マヌ・リッシュ 撮影:レナート・ランベーツ、ロス・マクドネル 編集:ミシェル・ユビノン 録音:リュック・キュベル、ポール・ヘイマンズ 音楽:菅野潤 ナレーター:パトリック・マーンハム |
製作者名(日本語) | マヌ・リッシュ、ジュヌヴィエーヴ・ド・バウ |
配給会社あるいは上映担当者名 (問い合わせ窓口) |
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作品に関する公式ウェブサイト | http://www.snake-dance.net |
ウェブサイト以外の オンライン・アクセス |
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過去YIDFFにおける本作品の上映 | ありません |